同人音楽の感想みたいなレビューみたいなものを書いてます

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[考察・感想] Orichalc / 魔導オーケストラ

Orichalc
(2011/06)
魔導オーケストラ

公式サイト

仮想のRPGサントラという形式自体は同人音楽ではさほど珍しいものでもありませんが、
今作はそんなよくあるタイプの仮想サントラとは明らかに一線を画しています。
コンピレーションアルバムという形式、地図だけが描かれたブックレット、
ボーカロイドを使う意味・・・その作風のすべてが、
ひとつの意図を達成するために必然的に設計されたコンセプトアルバム。
それがこの「Orichalc」という作品です。

もっとも、作品の意図自体はそう難しいものではなく、基本的にはブックレットの
~Prologue~に書いてある通りでしょう。仮想サントラという音空間の中を歩き回り、
聴き手の想像力によって物語を自由に紡ぐ。発案者が想定している物語はあれど、
それは正解にはなり得ない。物語の少女は何を見、誰と出会い、何処へ行くのか。
手がかりとして示されている一枚の地図を頼りに、少女の視点を「ロールプレイ」する。
仮想RPGサントラというよりは、「音楽によるRPG」と言ったほうが正しいのかもしれません。
そしてこの「音楽によるRPG」を効果的に成立させるために採用されているのが、
上述した「コンピレーションアルバム」「地図」「ボーカロイド」の3つの要素。
今作のキモはこの3点に集約されると言っても過言ではないでしょう。

1.コンピレーションアルバム
コンピレーションという形式はコンセプト作品や物語作品には本来不向きです。
統一感を持たせづらくなるし、何よりメンバー間の意思疎通を徹底しなければなりません。
しかし、この作品ではそこを逆手に取っています。「各メンバーが自由に曲を作ること」
そのものがコンセプトとして組み込まれている、とでも言いましょうか。
このような企画物を一人で作ろうとすると、意図しようとしまいと必ずそこには
「作者だけが知る正解」が存在してしまいます。聴き手への自由な想像を促す今作にとって、
作者という神は不必要。だからこそ、コンピレーションという形式をとることで、
作者にさえも世界の実体を不明にさせている。結果として、聴き手のためだけに
開かれた世界がそこに出現するのです。

2.地図
今作のブックレットの中身に描かれているのは地図だけです。
この地図、各曲のイメージイラストが描かれている以外にも細かな書き込みが
大量に入っており、それがまた色々と想像を促してくれるわけですが、
その中で特に注目したいのが、地図の対称性です。
陸の形状、両極に配置された太陽と月、Land of The Day~の表記など、
この地図はブックレットの折り目に対して線対称に描かれています。
つまり、ブックレットを閉じた状態だと地図の右半分と左半分が一致し、
ひとつの世界にまとまってしまうことになります。そして聴き手により
ブックレットが開かれることで初めて、陸地が二分され、太陽と月が生まれ、
過去と未来が生まれます。神話でいうところの「天地開闢」とでも言うべきものが、
「ブックレットを開く」という聴き手の能動的な行為によって発生することを
この線対称な地図は物語っているのです。

こうした地図と世界の成り立ちを想定して、あらためて曲を聴きなおしてみると、
いくつかの面白い発見ができると思います。
例えば1曲目の「a Wonder World Wedding」。プロローグを張るに相応しい、
壮大なシンフォニックサウンドが堪能できる曲ですが、この神話めいた世界観の中で、
曲名の「Wedding」って何だろう?って考えてみるとどうでしょう。
曲に負けないくらいの、とてもとても壮大でロマンティックな物語が
浮かび上がってきませんか?
それと7曲目の「魔導城近衛兵団」。この曲にはムソルグスキー「展覧会の絵」
の有名なフレーズが引用されています。「展覧会の絵」は題名のとおり、
絵画展を歩き回りながら、そこで見た10枚の絵を音楽に仕立てたものです。
歩き回ること、イメージを変換すること。これって今作のコンセプトに
よく似てるんですよね。この曲が地図の中央・・・「原点」とも言える位置に
置かれているのは、ひょっとすると「展覧会の絵」がこの作品の「原典」という
ことなのかもしれません。

3.ボーカロイド
今作でボーカロイドがまともに使われているのは2曲しかありません。あとはインスト。
しかしボーマスで頒布されるなどあくまで名目は「ボーカロイド作品」なんですよね。
これは何故か。ボカロPたちが集まって作ってるからボカロ作品でいいじゃん、
という見方も勿論できますが、ここではもう少し強引な考え方をしてみることにします。
それは、この作品におけるボーカロイドは、RPG世界における「主人公」の役割を
担わされているのではないか、という考え方です。ドラクエなどの古典的RPGでは、
主人公は「プレイヤーの分身」としての属性を有していますが、これを音楽的なものに
置き換えてみようとすると、ボーカロイドってわりと近い存在なのかなあって思うんですよ。
ボーカロイドというやつは、公式の姿形設定はあれど、商標や著作権的な意味合いを除けば、
誰のものでもない、無所属で無垢な存在なんですよね。作るもの、聴くものの思いを
そのまま映し出す鏡のようなもの。これはRPGの「喋らない主人公」と共通するものが
あるなあ、と。・・・強引ですかねえ。

ともかく、こういう考え方をしていくと、深読みしたくなる曲が幾つか出てきて
これまた面白い。例えばラストを飾る「Transmigration of Souls」。
輪廻という意味ですが、この作品における魂とは何か?循環しているものは何か?
と色々妄想してみると、やっぱり「主人公という分身」「CDという円盤」という
メタ的な見方をしたくなっちゃいます。あるいは「少女の洞窟」なんかも面白いですね。
いかにも洞窟っぽいジメッとした曲調に合わせてボーカロイドが「殺してやる」とか
「一生許さない」とか物騒な台詞を吐いてくる。この曲から感じられるのは
圧倒的な空虚さ。魂ある者に対して突きつけられる、抜け殻の怒り。
この表現は、ボーカロイドの無機質な声があってこそ際立ちます。

◆まとめ
ここまでコンピレーション、地図、ボーカロイドの3点についてウダウダと書いてきました。
この作品は聴き手を主役にさせるための、最大限の措置が取られています。
明らかに、作り手の意図を感じさせないことを意図して作られています。
求められているのはただ想像すること。
ここにはただ「Orichalc」という世界があるだけ。
この物語に正解はない。欲の無い作品です。
だからこそ、全力で考えてみたくなりました。

◆感想として
ボカロを普段あまり聴かない私にとって、今作に出会えたのは本当に幸運でした。
「たまにゃボカロでも聴くかあ」とyoutubeで無作為に曲を聴いて回っていたころに
HAMOさんの曲に偶然辿り着き衝撃を受け、そしてこの作品を知りました。
作品設計に感動する、なんて経験はなかなかないもので、ついついこんな長文を
書いてしまいました。語るは無粋、という気もするんですけどね。
楽曲としてもRPG風味という前提を押さえつつ、各人の個性と挑戦心がよく出ていて
非常に良いと思います。アンビエント寄りというか、落ち着いた曲調が多く
集まった印象があるものの、「a Wonder World Wedding」や「ガルティア渓谷」
といった曲はやっぱり心が踊る。こういう王道曲がもう1,2曲あればもっと良かったかな?
まあともかく、こんな作品がある以上、ボカロも無視できんなーと思った次第です。
オリジナルと東方アレンジで手一杯な現状、どこまでアンテナを伸ばせるかは
微妙なところですが翌年はもう少しボカロ作品も聴いてみたいものですね。
ここまで長々と書きましたが、本当に素晴らしい作品でした。
ここで書いた内容に止まらず、まだまだ想像の旅を続けて行きたいと思います。
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