同人音楽の感想みたいなレビューみたいなものを書いてます

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[C82] 少女病のこと

気がつけば前回更新からまた1ヶ月経っている・・・もう夏コミの季節ですね。
例によって私は通販組なのでろくにチェックとかもしてませんが、
とりあえず少女病は楽しみですね。今までで一番楽しみ。
アナスタシアちゃんが出てくるのは想定済みでしたがまさかルクセイン君が
この短期間にもう1回出てくるとは思ってなかったし、ジャケ右上にいる敵役っぽい人は
告解エピグラムに出てきてますね。彼女が第3の魔女なのかそれとも別にいるのか。

そういえばアナスタシア=フランチェスカっていう結構信憑性の高い説がありますが、
これが正しいとすればルクセイン君との絡みが気になりますねー。あいつレギオンで
てんで役立たずだったからね、なんとか面目躍如してアナスタシアちゃんを
救ってあげて欲しいですね。今回バッドエンド臭漂いまくってますけどね!

まあバッドエンドとは言っても、そろそろ冬あたりにメジャーアルバムを
出すつもりなんじゃねーかなーと踏んでいるので、そこに向けてのプロローグも
兼ねたストーリーになるんじゃないかなと思ってます。
これまでの傾向からしてたぶん第3の魔女の物語はメジャーでやるつもりだろうし。
既に試聴で出てますけど、最後の曲が疾走してるのって少女病では珍しいよね。
だからまあ「俺たちの戦いはこれからだ」エンドにならないかなーと。
ただのバッドエンドはもうおなかいっぱいなんです少女病の中の人様!

いやあ、それにしても、気が付けば私ずいぶん少女病にのめりこんでます。
わざわざ発売前にこんな妄想記事を書いてしまうのだから相当なものです。
昔は少女病なんかキャラの名前すら覚えられなかったのになー。
愛着って怖いものだなあと思いつつ、今(メジャーデビュー後)の少女病は
客観的に見ても昔に比べてずいぶん魅力的になったとも思います。
同人活動と商業活動をちゃんと使い分けてるし、シナリオの上でも
何がやりたいのか明確にビジョンが見える。追いかけがいがあるってもんです。

シスフェリアから始まる一連の魔女サーガは、人間対魔女の図式がよりはっきりと
浮かび上がってきました。この結末がどうなるか、じっくりと見届けて行きたいですね。
そしてその後、おそらくセクサリスの話に最後は戻ってくるんじゃないかなーと
なんとなく思ってるんですけど、まあ妄想はこんくらいに留めておいて。

とりあえず新作、本当に楽しみです。

[感想] MagiQute!! / ななひら

MagiQute!!
(2012/05)
ななひら

公式サイト

『ゴキゲン77°↑』から約2年、実を言うと待ちに待った作品です。
ななひらさんの歌声は私にとって完全に唯一無二のもので、彼女が歌ってれば
他に何もいらんと言っても過言ではありません。どちらかと言えばゲスト参加メインな
ななひらさんの歌声をフルアルバムで満喫できるこのシリーズはまさに理想郷。
「マジキュート」今作を表現するのにこれ以上の言葉なぞいりません。

さあさ皆さんご一緒に、「ななひらさんマジキュート!!」


01-きょう、あす、あさっぷ!
冒頭を飾るにふさわしいハイテンションピコピコキラキラガールズポップ!
ななひらさんかわいい!幸せってこういうことなんですね、と何も考えたくなくなる
この感じ・・・これが多幸感というやつでしょうか。ああ癒される。
最後の曲から戻ってくると実はこの曲はけっこう毒を含んでるんですけどそんなことはどうでもいいやーアハハハハ!ななひらさんマジキュート!!

02-シキンキョリ♥Lover
作詞まめこさん 歌ななひらさん なんだこの桃色空間は!
基本に忠実な正統派妹ソングですね。少しせつなさを含んだサビメロ泣ける。
最後の「お兄ちゃん」は非常にあざといけどななひらさんだから問題ない!
ななひらさんマジキュート!!

03-ウタウタウ
トラボルタPの有名な曲に「ココロ」というのがあるけど、それのななひらバージョン
って感じ。曲名と歌詞の設定からして、UTAUの「春歌ナナ」のイメージありきで
描かれてるんじゃないかなーと。元の声からして現実離れしているのにさらに
ボーカロイド化されちゃうななひらさんマジデジタル妖精。まあでもトラボルタPの
素朴なメロディにななひらさんのまじめな歌声ってのもいいものですね。
これも実は最後から戻ってくると・・・ごほんごほん!
ななひらさんマジキュート!!

04-READY GO!
浮遊感あるトランスサウンドにななひらさんの包み込むような優しげな天使の歌声!
これは新境地ではないでしょうか。やっぱりこの人は基本的に歌がすごく上手なんでしょう。
ものすごく癒される。嗚呼、ななひらさんマジキュート・・・

05-☆恋に落ちる魔法☆
今作で一番ふつうのポップスしてる曲。正直あまり特徴がないから言うことないけど
今回は作曲陣が色々ハッスルしてるのでこういう曲がいい感じに箸休めとして
機能してる気がする。第一ななひらさんが歌ってれば私はそれだけで幸せを感じるので
なにも問題ありません。ななひらさんマジキュート!!

06-爆発!ラブパニック
冒頭の宣言どおり、イントロもAメロもBメロもCメロも間奏もなく、色んな曲のサビだけ
集めて継ぎ接ぎにしたような曲で、展開にまるで脈絡がありません。
でもこれが最高に気持ちいいんですよねえ。めくるめくななひらワールドを
縦横無尽に駆け抜けてる感じというか、並行世界をびゅーんびゅーんと飛び回ってる
感じというか。ある意味では今作を象徴する存在。このアルバム自体、脈絡なんかないし。
たがしかし、どうしようもなく脈絡のないこの曲もこの作品も、
「ななひらさんが歌っている」という一点において間違いなく繋がっていて、
なんというかそういうのって、素敵なことだと思いません?
このアルバムはななひらさんのお庭で世界。ウェルカムトゥザななひらワールド。
ななひらさんマジキュート!!

07-朝型の吸血鬼 9cc
あー出たよ出ましたよ、最高に頭の悪い曲!きゅーしーしーきゅーしーしーと
甲高い声で連呼されるさまはまさしく電波ソング、こっちの血が抜けていく思いである。
それにしても合いの手がかわいすぎるぞちくしょうめ!「きらっ!」とかすごい破壊力。
ゴキゲンに足りないのはこの頭の悪さだった。マジキュートに死角なし。
ななひらさんマジキュート!!

08-猫とスイッチ
SFCアクションゲームの一面みたいなイントロから始まりこれも見事なまでに頭の悪い曲!
どれどれ、どんな馬鹿者がこんな歌詞を書いたのだ?とブックレットを見てみると

作詞:ななひら
 
お、おう・・・
いやたしかに、この曲が一番楽しそうに歌ってる感はあるんですよねえ。
自分で歌うのにこんな早口歌唱を要する高密度の電波歌詞を書くとは
正直かなりマゾいと思うけどこれこそななひらさんの持ち味だと思うわけで、
そのへんを分かってて書いてるであろうななひらさんはやっぱりマジキュート!!

09-ドリャーおじさん
いきなり「犬のうんこ踏んだ」から始まる別ベクトルに頭の悪い曲。
ドリャアァァドリャァァの掛け声とともにラストにかけてどんどん転調していくのが
いいなあ。がんばって声絞り出してる感じのななひらさんもマジキュート!!

10-ふぁんたすてぃっく☆どりーむ☆がーでん
問題作です。少なくとも私にとっては、大問題作。
この曲があるおかげでMagiQute!!は傑作になったとも言えるし、
この曲があるせいでMagiQute!!は台無しになったとも言えます。
まあ、内容自体はそれほど珍しいわけではなく、「逃避先としての幻想」を皮肉る
タイプのもので、ボカロならcosMoさんあたりが得意とする作風でしょう。
ただね、問題はこれをななひらさんが歌っていること。
それがもう私にとってはつらくて仕方がないんですよ。

"ふぁんたすてぃっく☆どりーむ☆がーでん"
なんて理想的で完璧な世界

ななひらさんの歌声によって彩られた『MagiQute!!』という世界はまさしく
この曲が言うところの「理想的で完璧な世界」に他なりません。私にとってはね。
音のアルカディアというやつですよ。でもこの曲はそれを「逃避である」と
糾弾してくるわけです。他ならぬななひらさんの声でね。しかもメロディとか
展開とか、曲としてはこの曲が一番好みなんですよ。何度でもリピートできるし、
実際M3作品の中では一番聴いてる。しかしこの曲はリピートを前提として
設計されている(始まりと終わりが繋がっていて、永遠に曲が終わらない)ので、
リピートを続ける限り、私はずっとこの作者の悪意の上で踊り続ける阿呆でしかない。
そんなことは分かっているけど、でもリピートの手を止められないのです。

この曲は実は「春歌ナナ」を使った曲として昨年ニコニコ動画に投稿されています。
3000再生くらいなのであまり人気のある曲とは言えないでしょう。
実際、私は「春歌ナナ」がこれを歌ったとしても、ふうん、って感じで聴き流してると
思います。UTAUは所詮ツールだから。幻想だから。
彼女には「理想的で完璧な世界」は歌えない。でも、この曲は違います。
ななひらさん本人が歌うことで、この世界に命が吹き込まれてしまった。
繰り返しますが、この曲の問題はななひらさんが歌っていることなんです。
仮に違う人が歌っていても、私はこんな思いでこの曲を聴かなかったでしょう。
それは「理想的で完璧な世界」ではないのだから。

私は普段、歌手というものをあまり意識しません。どっちかというと詞や曲を
重視するタイプです。でもこの「ふぁんたすてぃっく☆どりーむ☆がーでん」は、
あるいは『MagiQute!!』は、ななひらさんが歌っているからこそ素晴らしいと感じるし、
その歌詞も鋭く胸に突き刺さる。私はこんなにも彼女の歌声が好きだったのか、と
この作品を聴いて自分自身に驚かされました。音楽にはこういう感動もあるんですね。

理想郷「ふぁんたすてぃっく☆どりーむ☆がーでん」には
エンディングがありません。曲中の「アタシ」は結局「キミ」を見つけられずに
永遠の世界に閉じ込もることを選びます。
ななひらさんは確かに現実に存在する歌い手さんだけど、私にとっては
彼女もまた幻想そのものです。何万回これをリピートしたところで、
何がどうこうなるものでもない。理想郷は、ただそこにあるだけです。
それでも私はこの世界に浸っていたくてリセットボタンを押すのです。

では、ニューゲームを始めましょう。


さあ 憂鬱な世界から飛び出して
この夢のような世界へとダッシュで
"ふぁんたすてぃっく☆どりーむ☆がーでん"
もうここから抜け出せないわ


さあさ皆さんご一緒に。
「ななひらさんマジキュート!!」

[感想] きみとぼくの区分線 / ロジカリズム

きみとぼくの区分線
(2011/10)
ロジカリズム

公式サイト

「ロジカリズム」は皆さまにパズルのピースを探して頂くような、そんなサイトです。
夢かもしれないし、謎かもしれないし、きみかもしれないし、ぼくかもしれません。
(ロジカリズム 「ロジカリズムについて」より)


この作品は弾き語りアルバムです。構成するものはピアノとボーカルしかありません。
音楽の最小単位、と言っても過言ではないほどにシンプルなそれは、
しかしその背景に「ロジカリズム」という、6年の歴史を持つ、ささやかなれど膨大な
個人創作サイトの存在を含んでいます。サイトを見てみれば分かりますが、
ロジカリズムには「ロジキャラ」なるたくさんのキャラクターがいて、
彼らは音楽や、漫画や、ゲームや、小説など様々な媒体のなかで表現されています。
今作「きみとぼくの区分線」はサイト内にあるいくつかの曲を抜粋して
音楽CDとしてまとめられたものです。あくまで本流は「ロジカリズム」であり、
今作はその支流のような位置づけと言えるでしょう。いくつもの「きみとぼく」を
めぐる楽曲は、サイト内にある小説やキャラクター、ないしは他の曲の情報を得て
初めて物語として成立するようになっています。楽曲を聴き込んだあとサイトを
めぐってニヤニヤするのも良し、サイトを一通りみたあと楽曲に触れてフムフムと
頷くのも良し、色々な楽しみ方ができる作品だと思います。

また「きみとぼくの区分線」、このタイトルがとても面白い。
実はロジカリズムにある弾き語り曲は、そのほぼすべてが「きみとぼく」ないしは
「わたしとあなた」のことをうたっており、各曲がどのキャラの物語であるかは
公式に明記されています。つまり各曲の「きみ」や「ぼく」や「わたし」や「あなた」は
それぞれ別人ですよ、とあらかじめ作者による「区分線」が引かれているわけです。
しかし、ロジカリズムのことを何も知らずいきなり今作を聴いた私は、
最初どれかの「きみ」や「ぼく」に同一人物がいるのかな、とか、
作り手や聴き手の関係をうたっているのかな、とかわりと的外れな妄想を
膨らませていたんです。1曲目の「嘘憑きガンスリンガー」と
2曲目の「ココロ侵略robot」は表裏一体になってるのかなーとか、
「きみが生まれた日」→「きみひとり」の曲順にどんな意味があるのかなー、とか。
実際はこれらは別個のキャラの別個の物語なんですけど、
なんとなーく繋がりを見出したくなるような何かがあったんですよね。
ここにある「きみ」や「ぼく」はそんなに明確に区分できるもんなのか?と。
で、サイト内の作品を一通り見て回ってみて、こう感じたことは必ずしも
的外れではないかな、と思い直しました。

たとえば「きみひとり」という曲。
この曲は小説「きみひとり」の主人公である西森蒼太の曲、とは書かれていますが、
ここに描かれている、世界からひとり取り残された「きみ」、それを見つめる「ぼく」の
どちらが西森蒼太なのかは明記されていないし、小説を読む限りではどちらを
蒼太と置いても違和感がないんですよね。さらに、どちらかを蒼太と仮定した場合、
相手方である「きみ」や「ぼく」が誰に当たるか、これも同作の登場人物である宮下緋色や、
村崎みずきなど色々な解釈ができてしまうんです。
「きみひとり」に出てくるキャラクターは、誰も彼も似た者同士なんですよね。
それぞれ別個の設定、姿形を持ちながら、根本はとても似通っている。
「きみ」と「ぼく」の区分線なんてものは、実のところすごく曖昧なものなんじゃないかと、
やはりそう思わずにはいられないんです。

「あおちゃんがいない世界なんて、誰もいないのとおんなじだよ」
(小説「きみひとり」7月7日(--) 59時22分(d)より)

みんなみんな、狂ってる。みんなが世界に、ひとりきり。
それに気づいた瞬間に、街から人は姿を消す。

(小説「きみひとり」7月7日(--) 59時22分(e)より)

「きみひとり」という小説は、ロジカリズムの中心にある作品です。
だからこそ、この「みんなが世界に、ひとりきり」という概念は、ひなた春花という
表現者がつくるものの根底なんじゃないか、という気がしています。
私が最初聴いた時に感じた「なんとなく繋がってそうな感じ」は
そういう根っこのところが引っかかったのかなあ、と今では思ってます。
弾き語り、という形式もまたどこか孤独を感じさせますよね。
ピアノと歌声、きみとぼく。両者は明確に分け隔てられたものではなく、
互いに共鳴し合うことで物語を形作る。ひなた春花さんの歌声は、
かわいらしい声だけどその歌はどこか不安げで寂しげで、聴き手のココロに忍び込み、
そのまわりに張り巡らされた「きみとぼくの区分線」を揺さぶってくるのです。

わたしはあなたのココロ侵略robot
割とミステリなんかも得意だけれど
あなたのココロにはウタが効くようです
だからわたしはウタを歌いましょう

(ココロ侵略robotより)

ロジカリズムというサイトにはミステリー小説があり、4コマ漫画があり、
サウンドノベルがあり、イメージイラストがあり、ボーカロイド楽曲があり、
弾き語り音楽があり、その活動範囲は今でも広がり続けています。
しかし広がれば広がるほど、その中心や根底にあるものは見えにくくなっていくものです。
オンラインで活動を広げ続けるロジカリズムが、今になってローカルでオフラインな
同人CDの製作を始めたのは、そうした根底にあるものの再確認、って狙いが
あるんじゃないかなーと思うんですよね。別個のキャラの別個の物語をひとつずつ拾い上げ、
余分なものを削ぎ落としたものに「きみとぼくの区分線」というタイトルをつけて、
ひとつの完結した作品として再構築する。結果として「ロジカリズムって何だろう?」
という根っこにあるものがはっきり浮き彫りになってる印象があります。
広がり続ける世界だからこそ、CDという形でいったん閉じておく、と。
ベスト盤なんかも近い作り方なのかもしれないけど、やっぱり音楽作品って表現は
おもしろいなーと改めて思い直した作品でした。

夢かもしれず、謎かもしれず、きみかもしれず、ぼくかもしれない。
昨年頒布された「キカイ仕掛けの謎刻」「きみとぼくの区分線」「窓と壁面のアコール」は
冒頭に引用した「ロジカリズムについて」にある4つテーマを扱ったものでした。
CD作品という形で一段落おいたロジカリズムは果たして今後どこを目指すのか。
オンラインの活動のほうにも今後できれば注目していきたいですね。

[考察もどき] BORDER LINE ~閉鎖病棟監禁秘記~ / Alieson

BORDER LINE ~閉鎖病棟監禁秘記~
(2010/05)
Alieson

公式サイト


頒布から一年半以上経ちますが、新作が出るたびに
「ああ、やっぱりこの作品は境界線だったな」と認識させてくれる作品です。
コンセプト的にもサウンド的にも、ここがAliesonの分水嶺。
今作を語らずしてAliesonを語ることはできないと言っても過言ではないでしょう。

「与えられた物語の断片を繋ぎ、ラストシーンへ辿り着け!」
と考察要素が公式に与えられている作品ですが、そもそも今作において
重要なのは、何故考察要素が与えられているのか、という点にあると思います。
物語音楽というジャンルに、ストーリーをぼかして描く風潮があるのは確かですが、
今作に関しては、「受け手の介入」そのものに作者の意図があるように感じられます。

この作品を考える際には、やはりテーマたる「境界線」について見ていくのがいいでしょう。
物語の少女はおそらく「境界性人格障害」という病気に罹っている設定。
この病気は対人関係の不安定化・・・脚色して言えば「自己と他者の境界線が引けなくなる」
精神疾患であり、なるほど歌詞にも唐突に対象不明の「あなた」が出てきたり、
自傷的な描写があちこちに見られたりします。そのため、基本的にこの話では
他者は登場せず、閉鎖した少女自身の領域の中で、彼女の錯綜した自問自答が
延々と続けられる形になっています。

ただ、自分以外の存在が明示されているのが1箇所だけあって、それが
「孤独なカンヴァス」のラストシーン。
通り過ぎる足跡が一つ 初めて聴くリズムで・・・ という歌詞のところです。
この曲において、彼女はこれまでの自問自答をぶつけるかのように
創作活動に耽っており、最後のシーンにおいて他者が歩み寄る様が示唆されます。
彼女の中で曖昧だった「自己と他者の境界線」がここだけは明確に線引かれている。
創作とは、境界線を引く行為である
「孤独なカンヴァス」に描かれていることはこういうことだと思うんですよね。

そしてこの「孤独なカンヴァス」こそが実は今作におけるスタート地点だと思うのです。
公式ページに書かれている、誰もが此処で踏み止まっている―――。とは、
この「境界線が引かれた状態」から先に進めていないことを示しているんじゃないか、と。
また帯には、越えてはいけない、越えて行きたい、この境界線。とも書かれています。
ならば、この作品のゴール地点としてふさわしい言葉はひとつ。
越境です。

そう、この作品は聴き手こそが物語へ・・・境界線へ踏み込まねばならないのです。
通り過ぎる足跡が一つ 初めて聴くリズムで・・・で一度結末を迎える物語の、「その先」を
聴き手が自分で考えて、見つけなければなりません。「通り過ぎる」のではそのまま物語は
終わってしまう。少女は救われません。歩みを止め、作品にもう一歩踏み込む姿勢が
求められているのです。その行為はひょっとすると作者の思惑を手前勝手に想定し、
作品を踏みにじることになるかもしれない、越えてはいけない境界線なのかもしれない。
でも、この作品がAlieson自身のことを表現した物語であることは明白です。
幻想(理想)と現実の境界線を、彼らは越えて行こうとしています。
ただし、それは作品を受け取る側も物語に踏み込まねば、決して伝わらない決意でしょう。
通り過ぎるのではなく、踏み込ませる。
この作品に考察要素が与えられているのは、そういう狙いがあると思うのです。

聴き手が一歩踏み込めば、この物語は続きます。
「螺旋回廊」という最後の曲は、曲名そのものが「最初に戻る」ことを示唆しています。
戻った先にあるものは、表題曲「ボーダーライン」。
この曲には、唯一、「僕ら」という複数形の人称が使われています。
この作品は、基本的には少女の物語です。でもAliesonの物語でもあるし、
聴き手一人一人の物語でもある・・・「僕ら」の物語です。
作中の少女の結末は、必ずしも幸せなものとは限らない・・・というより、
私の解釈の中では、この少女は助かりません。
けれどAliesonはまだ創作を続けているし、私もAliesonの曲を聴き続けています。

最後に、「ボーダーライン」の歌詞を引用してこの記事の終わりとします。

誰もが踏みとどまった場所から
Border less Border less
飛び降りた僕らは
あなたの中に残るだろうか

[感想] 少女さいをなげかれた / クレバスランプ

少女さいをなげかれた
(2011/08)
クレバスランプ

公式サイト

◆分類
イメージアルバム
和風ロック

「ひぐらしのなく頃に」のアレンジ&イメージアルバム。
今更ひぐらし?と思われるかもしれないけど、原作が完結して5年経った今でも、
この作品には当時とまるで変わらぬ原作への情熱と愛が注ぎ込まれています。
「一枚で一作品を描ききる」彼らの姿勢が今回も非常に良い方向に働いており、
とにかくネタの出し惜しみというものがまったく感じられないのがすごい。
「ひぐらし」という重厚長大な物語がアルバム一枚の中にぎゅうぎゅうに
詰め込まれているため、結果的に非常に濃厚な作品に仕上がっています。

特に素晴らしいのが4曲あるイメージ楽曲。それぞれ綿流し編、祟殺し編、
罪滅し編、皆殺し編を象徴してるんですが、どれも各編の特徴を非常に的確に
捉えており、原作を知っている人なら「おおー!」と感嘆させられること
請け合いです。楽曲の構造から歌い手の選択、曲調や楽器の使い分け、
要所に使われるSEや語りなど、あらゆるところに「ひぐらし」が宿っている。
単純にメロディも良いしね。「嘆きノ森」とか「奈落の花」などのアレンジ曲も
入っているけど、それらに全くヒケを取らない出来栄えだと思います。

というわけで、「ひぐらし」が好きなら文句なしにオススメです。
私も当時からひぐらしは大好きで、原作をプレイしていたときに思っていたことが
そのまま甦ってきて、思い出が活性化させられた気分です。
「オワコン」などとは言わせない。そんな熱い想いを感じさせてくれる一作でした。

◆曲の感想
01-嘆きノ森
原曲に比較的忠実に作られている・・・というか原曲がそもそもひぐらしの
イメージ楽曲みたいなもんなので大きく改変するのは難しそうですな。随所でヒッヒッヒ・・・
みたいな笑い声が飛び交っていて怪しい雰囲気が強調されてるのが良い感じです。
原曲に比べるとボーカルがパワー不足に思えるけど、彩音さんが相手では仕方ない。

02-日の現
「綿流し編」をイメージした楽曲で、魅音と詩音にスポットが当てられている。
最初は落ち着いた曲調で始まるが、中盤から唐突に和風インダストリアルロック的な曲調に
変化する。これは「綿流し」の日をきっかけに急転直下するひぐらしの物語を
そのまま反映したものなんでしょう。対比的な歌詞の書き方も面白い。

03-夕映えの絵
これは「祟殺し編」、圭一と沙都子にスポットを当てた楽曲でしょうか。あるいは悟史?
優しげな雰囲気のアコギと男性ボーカルがとても素敵ですなー。
間奏からラストに至る展開がもうね・・・大サビのところ、すごく感情がこもってるのに、
ボーカルが加工されてしまって彼の想いが届きそうもないのがあまりに切ない。
最後の「ドーーン!!」がまた素晴らしい。原作のタイトルロゴを思い出すなー。

06-朔の夜霞
待ってました疾走ロックチューン!イントロが良すぎる。4,5曲目がゆったりとした曲調
だっただけに、開放感がものすごい。思えば罪滅し編ってこういう作風でしたよね。
バッドエンドだらけの物語の中で、かすかな希望が見え始めて・・・
当時は叩かれてたけど一番好きなシナリオでした。間奏のプログレっぽいリズムから
センチメンタルなアコギパートに移るとこがめっちゃ好きです。
この作品には間奏にも物語が詰まっている。Souwerさんのパワフルな歌声も素晴らしい。
「さとりがーひらーかれーたーーーー↑↑↑!!」

07-一縷の希望
和風バラードロック的な感じ?イメージは「皆殺し編」でしょうか。
イントロや間奏に使われてる風が呻くようなSEは原作ファンのニヤニヤポイント。
今作は全体的にメロディも良いんですが、とくにこの曲のサビメロは好きだなあ。
間奏のギターソロ、神妙な語りのあとのピアノパートが良すぎる。
ほんとに「一縷の希望」って感じ。か細いけど確かな力強さがある蜘蛛の糸。

10-ひぐらしのなく頃に
アニメ1期のOP曲のアレンジですが、何故この位置にあるのか、が重要かと。
皆殺し編までのイメージ楽曲は揃っているのに、最後の祭囃し編だけがなく、
代わりにこのおどろおどろしい楽曲が配置されている。
これはアルバムコンセプト「喜劇より惨劇を」に沿わせたつくりとも
捉えられるが、それ以上に大きな意図があるように思えます。
それはこの曲が「10曲目」であること。
そして、今年は「鬼隠し編」の発表年から数えて9年目にあたります。
惨劇はトーラスの中に。節目を迎えて物語は円環を紡ぎ始める。
この曲はひょっとすると、たとえ10年が過ぎようと「ひぐらし」は終わらない・・・
いや、終わらせないという、彼らからの「抵抗の意志」なのかもしれません。
プロフィール

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Author:borozo

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